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▶ 考える時がきた"本物の幸せ哲学「共通善」"一人ひとりの転換期

いまを生き延びるための哲学

考える時がきた"本物の幸せ哲学「共通善」"一人ひとりの転換期


みなさん、お疲れ様です。
今日は、『共通善』についての雑談です。

共通善(コモンウェルス)は、みなさんご存知でしょうか?
共通善とは"みんなが幸せに生きるために、みんなにとって善いもの"です。

そのため、国や政治など、社会をつくる共同体が、
『共通善』に従えば、社会は良くなると考えることができます。

つまり、現在、果たして良い社会なのか?
この答えが、子供たちに引き継ぐ社会の姿であるわけですが、
皆さんは、このような『共通善』から物事を考えたことがありましたか?

私見ですが、共通善の基となるコミュニティから書いていきます。


コミュニティの変化

一言で"コミュニティ"といっても、
現在は、物事のあり方(考え方)が多様化しています。
これは、情報化社会となった今だから、認められているという側面もあります。

一昔前、インターネットがなかった頃の日本では、
親から子へ、近所の人、子供同士…といった、地域の情報網がありました。
アナログの非常に小さなコミュニティです。

しかし、インターネットがある今では、世界の情報が入手でき、
世界中の誰とでも、コミュニケーション次第で友達になることができます。
一昔前と比べたら、比較にならないほど大きなコミュニティです。

インターネットが普及して、情報格差という問題がでてきました。
その弊害に、このコミュニティの変化があります。


失われたもの

一昔前は、近所の目が届く小さなコミュニティにより、悪事が抑制されていました。
その統治者が、お年寄りだったように思いますが、
私が子供の頃は、近所のお年寄りが、いろいろな話を聞かせてくれました。

当時は、戦争から帰ってきた人たちが、近所にいたわけですが、
戦争の時の話から、当時の悲惨さ、心身の痛み、命の尊さを知りました。
苦労話などを通じて、我慢や忍耐など、精神論も伝えられていました。

これらの記憶や記録により伝えられていたものは、結局、道徳やモラルであり、
コミュニティを支えていた『共通善』のような気がします。


今思えば、子供ながらに、会話をしながら分からないことは訪ね、
人に感想を話すことで、周囲の意見を聞いたりしていたのですが、
これは、自分の良識を磨く(正義を明確にする)作業をしていたのだと思います。

インターネットのコミュニティでは、このようなことが難しいですよね。
質問にしても、異論にしても、深く話し合うことができないのですから…
このように、良識を磨く作業が、インターネットにより失われてしまったと思います。


考える時がきた

一昔前のコミュニティは、前項のとおりですが、
このコミュニティは、戦争を経験したお年寄りにより支えられていたと思います。
言い方は良くないですが、戦争の経験が、命の尊さを伝えるのに適したわけです。

現在は、そのようなお年寄りがいなくなりつつあることを考えれば、
今後は、インターネットを利用した大きなコミュニティが社会の要になくと考えられます。
少し前の記事ですが、下記の記事を思い出してください。
 ▶ 『日本をダメにしたB層の研究』からB層は気付くことがあったのか?

B層の特徴のほか、定義に『マスコミ報道に流されやすい』とありました。

マスコミ報道に流されやすい日本国民が、日本社会に影響を与えていることになります。
今の日本は、超高齢化社会であり、有権者の多い高齢者が作っている社会と言えます。

高齢者は、インターネットを積極的に利用している世代ではないので、
まだインターネットがコミュニティの要とは言い難い時代ですが、いずれ変わります。

そのせいか、投票所や街頭演説をみていても、高齢者の姿ばかりが目につきますが、
この年齢層(人口層)から生じる不平等感(不公平感)と戦っている若者たちもいます。
その反面、残念なことですが、戦わずに諦めている若者たちもいます…

私は、社会を構成する一員として、この現実(いずれ変わること)と向き合いながら、
子供たちに引き継ぐ(今後の)社会を考える時がきていると感じており、
一人ひとりが社会に必要な『共通善』について考えなければならないと思っています。


本物の幸せ哲学「共通善」の話をしよう

共通善については、もう有名なので、私が特に書く必要はないと思います。
もし、分からない方は、下記を参照してください。
本物の幸せ哲学「共通善」の話をしよう -マイケル・サンデル特別インタビュー
コミュニティーや市民としての義務、市民間の相互責任に重きを置き、道理にかなった問いかけや議論を展開すべきだということである。市民が共通善を目指し、人生に意味を与えてくれるような伝統を真剣にとらえるべきだ、と言っているのだ。それがコミュニタリアニズムである。
健全なコミュニティーにとって、道理にかなった議論はきわめて重要だ。しかし、たとえば米国政治の世界では、議会や公聴会といった「熟議」の場が「ロビー活動」の場と化しつつある。議論や異論、論争があふれるなか、人と「やり合う」ことに血道を上げる姿が目立つ。
医療保険制度改革をめぐる論議が好例だ。反論や怒号が飛び交い、人の意見に耳を貸さず、相手を尊重しない。
米国人は、議論の仕方を向上させる必要がある。お互いを侮辱し合ったり、責め立てたりと、討論の質が低く、中身がお粗末すぎる。
いずれにしろ、「共通善」を目指した討論の場を増やすことが必要だ。政府やメディア、高等教育機関の改革に加え、労働組合や社会運動団体、環境グループ、女性の権利団体など、市民社会レベルでの協調を進め、市民の声をくみ上げていく仕組みづくりが大切である。

「共通善」を詳しく知りたい方は、こちらをお勧めします。
これからの「正義」の話をしよう読者の感想|半径3メートル以内の哲学
わたしは、考えることが嫌いです。
むずかしいことを考えると、イライラします。
でも、この本を読んだら、考えることって、こんなに楽しいことだったんだとわかりました。
この本は、NHKの「ハーバード白熱教室」を本にしています。
映像をみるとわかるのですが、これはソクラテス式の授業なんです。
一方的に講義をたれるのではなくて、生徒に考えさせる方式です。
ソクラテス式授業って、うまくやらないと、生徒は苦痛に思うだけですが、この本(授業)では、絶対に生徒に苦痛を与えません。むしろ、おもしろがらせようとしています。
この本を読んでいるときは、読者も生徒の一員として、ハーバードのこの教室にバーチャルに参加することになるのです。
「そんなに難しい大学の授業に、自分みたいなボンクラが参加したって、意味わかんないだろう?」そんなふうに、わたしも思っていました。
しかし!それが、おもしろかったんです!
どんなに難しい哲学的命題でも、必ず、自分の身の回り半径3メートルにその一例をみることができるのでした。
世の中に、自分に関係ない問題などない……そんなことがわかりました。


市民(国民)の政治話は不毛なのか?

私たちは、給与や利益を自分たちの所得としています。
そして、税金を支払い、この国で生活をしています。
つまり、この国で生活していることが、公共体(公益の財産)を成しているわけです。

そこで、『共通善』を考えると、下記の言葉から
私たち一人ひとりが転換期に立たされていることは容易に理解できます。
市民社会レベルでの協調を進め、市民の声をくみ上げていく仕組みづくりが大切である。

もう政治家ではない人間の政治がどうこうなど、不毛な議論だと気づきましたよね。
私たちが、市民の声をくみ上げていく仕組みを作らないことが不毛にしているのです。
そこで、市議を誕生させ、市長を誕生させ…大きく育てていかないといけないのです。

そうしないことには、いつまで経っても、政治家でない人間の政治話は不毛なままです。
本当に小さなことですが、一人ひとりの小さな活動をつなげ、育てていく時代だと思います。

これが、できるか、できないかが、
市民(国民)の政治話を不毛なものにするか、有益なものにするかの分岐点だと思います。


一人ひとりの転換期

市民団体や公共団体の方々は、自分の利益ではなく、
市民(国民)の目線で考えることが必要だと思います。

私たちは、所得差がありながらも、我慢して節約したり、
生活を切り詰めながら、税金を支払い生きているわけです。

私は、正直な話…
誰一人として、好きで税金を支払っている人はいないと思っています。
だからこそ、市民団体や公共団体は市民の声をくみ上げていく仕組みが必要になるわけです。

市民団体や公共団体にとって、市民の声をくみ上げていく仕組は、
税金が市民(国民)のために使われていることを証明する場になります。
仕組みがない団体は、税金の使途を説明できない団体と思われても仕方ありません。

また、皆さんは、政治について、このような疑問を持ったことがありませんか?
国民が生活を切り詰めながら生きているのに、
なぜ、政治は国の借金を増やしたり、増税したり、公共サービスを増やし続けるのか?

これは、市民の声をくみ上げていく仕組みがないからです。(誰でも分かりますね(笑))

このように、公共団体や政治に反映する、市民(国民)の目線を伝える、
市民の声をくみ上げていく仕組みをつくり、国や地域で、
それぞれに必要な公共サービスだけを選択していく時代なのではないでしょうか。

このような時代だからこそ、マスコミ報道に流されることなく、自律に向けた
一人ひとりの転換期として『共通善』について、考える時がきているのだと思います。


政治非難に人生の大切な時間を費やすな!

今日の雑談ですが、私はよく足跡や訪問履歴などからブログを読んでいます。
そのブログの中で、自民党がどうだ、民主党がどうだ、TPPがどうだ…
政策がどうだ…という非難の記事があり、もったいないという気持ちになり書きました。

ブログをとりあげることはしませんが、
この記事を読んでいる方も、政治非難のブログを見かけたことがあると思います。

もったいないというのは、そこまで政治に詳しいと思うのであれば、
きちんと、出るところを作って主張しないと非難だけに終わると感じたからです。
政治非難だけに人生の大切な時間を費やすなんて…凄くもったいないと思いませんか?

『言うことは簡単』とよく言われますが、
"市民の声をくみ上げていく仕組み"なんて、立場によっては『言うだけの場』です。

その場で"こんな主張をしてきました"という報告記事(ブログ)の方が、
読む人に期待や希望を与えるので、よっぽど素晴らしい記事だと思います。
また、そのような人が、議員にいたら好き勝手にされないので心強い味方でもあります。

政治のことを批判できるということは、政策が分かる訳ですから、
その才能は、私たち市民(国民)が良くなる方向に活かして欲しいです。


まとめ

実際に市民団体(NPOなど)や公共の話し合いなどは、身内ばかりの集団と化しています。
そのため、当たり障りない話ばかりで方向も何もありません。
その場しのぎというか、時間つぶしの場となっている会議もあります。

本来、そこで育てられていく善が、地域の特性や特徴につながっていかなくてはなりません。
議論は、賛否両論あるからこそ、中庸(不足でもなく、余分のところもなく、丁度適当にバランスよく行動できる)が求められ、それが周囲に理解されることで、立派な人格者の育成にもつながっていきます。

私は、建設業界に『天下りが必要ない』ことくらいしか分かりませんので、
このように記事を書いて、みなさんにエールを送ることくらいしかできません。
そのため、政治を非難、また批判している方は、国を良い方向へ向かわせるためにも、
"市民の声をくみ上げていく仕組み"をつくり、是非その才能を活かしてください。


紹介した書籍と雑談を通じて、何かを感じてもらえれば幸いです。

では、記事を読んで下さった皆さんに今日も感謝!!

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